一大チェーンとなった一風堂
博多ラーメン『一風堂』は、1985年創業のラーメン店です。創業当時は福岡市中央区大名でカウンター10席しか持たない小さな店舗でした。その後、『新横浜ラーメン博物館』への出店や人気テレビ番組である『TVチャンピオンラーメン職人選手権』への出演などを通して大きく発展し、現在はニューヨークも含め全国で40店舗近くを展開する一大ラーメンチェーンとなっています。
現在は押しも押されぬ一大チェーンとなった『一風堂』ですが、創業の頃から店主である河原成美さんはラーメンや店舗経営に関して様々なこだわりを見せてきました。
豚骨ベースの博多ラーメンは従来、若干の臭みを感じられることが当たり前のものでした。その当時に豚の臭みを除去したマイルドな味の豚骨ラーメンを生み出した『一風堂』は、ラーメン業界に革命をもたらしたともいわれています。
女性層を取り込むことに成功
そのこだわりは、ラーメンそのものに向けた探求だけでなく、店舗の内装にも及んでいます。やはりそれまで男性向けのイメージであったラーメン店の印象から一新しようということで、安く大衆的な店内レイアウトをがらりと変え、木材を用いておしゃれなカフェであるかのような内装を作り上げました。店内にはジャズ音楽が流れ、到底ラーメン店とは思うことのできない衝撃を与えました。
それまでにない味、それまでにない店舗ということで、外食の選択肢にラーメンはなかった女性層を取り込むことに成功した『一風堂』は、博多ラーメンの勢力図を大きく塗り替えました。
1994年には、世界で初めてのフードテーマパークである『新横浜ラーメン博物館』に出店し、『一風堂』という名前と「豚骨ラーメン」は、一挙に全国に知れ渡ることになります。店舗名の浸透をきっかけとして新店の出店も加速度的なものになり、1995年には東京都の恵比寿に「東京1号店」をオープンしました。
斬新なアイデア
『一風堂』はさらにラーメンのイメージを変えるべく、メニューからは「ラーメン」という文字を敢えてなくし、「赤」、「白」といった色でメニューを表すという斬新なアイデアを取り入れました。
メニュー表記の方式に関しては、他店でも積極的に取り入れられるようになり、現在ではラーメン業界でも常識的な方式となるに至っています。
1997年から2000年にかけては、店主である河原成美さんが人気テレビ番組である『TVチャンピオンラーメン職人選手権』に出場し、見事に3連覇を達成し、「殿堂入り」を果たします。河原さん個人も瞬く間に有名人となり、『一風堂』の展開を助けることとなりました。
